サンプルイメージ
「おとひめカード」ができるまで

 初めておとひめカードの構想を得たのは、今から十二年前のことでした。
当時住んでいた沖縄で、神の島と呼ばれる久高島へ観光に行った時のことです。
島で祈りを捧げる方に案内されて、海の向こうに理想郷(ニライカナイ)があると
いわれる、岬へとたどり着きました。
 南風に吹かれ、岬の先端に立ってエメラルドグリーンに輝く海をじーっと眺めて
いると、何とも言えぬ妙な感覚になり、本当に海の底にはニライカナイがあるよう
な気がしてきたのでした。
 すると驚くことに、海面からひょっこりとウミガメが顔を出して、こちらを見な
がら近寄ってくるではありませんか。さらに、空からは鳩が一羽、舞い降りて、
羽をひろげながらじっととこちらを見ているのです。
私はまるで、おとぎの国へと迷い込んだような気持ちになり、
あわてて現実に戻そうと、深く息を吸いながら、目を瞑りました。
その途端、瞼の奥に浮かんだのは、浮き上がってくる竜宮城のような光景であり、
そこからは鈴降るような音色と共に、見たこともないカードのイメージがフワッと
現れたのです。
とはいっても、目を開けるとすぐにイメージは消えてしまいましたが。
そうして、私はその時の記憶自体を、すっかり忘れてしまったのでした。

 さて、三年間の沖縄生活も終わり、関西へと引っ越した私は、ある場所に足しげく
通う日々が七年ほど続きました。
それは図書館。
子育てと仕事を両立で、なかなか自由な時間がとれない私にとって、絵本を読むた
めに子どもを連れて図書館に行き、その隙間時間を縫って、自分が興味ある本を借
りることが何よりもの楽しみだったのです。
それらの本を、子どもたちが寝ている間に読んで、ノートまとめをしている時間が、
私にとってのゴールデンタイムでした。
とりわけ、大のお気に入りは、日本の古典文学全集を読むこと。
大和の古き良き言葉に触れていると、子育ての慌ただしさを忘れ、実にまろやかで、
たおやかな気持ちになるのです。中でも、万葉集や古事記の世界に触れていると、
大自然の中で、いにしえびとたちと一緒に呼吸をしているような気がして、
なんともいえぬ幸福感に包まれるのでした。
もう一つのお気に入りは、科学系の本です。
自然界のしくみと、その背後に何が潜んでいるのかを調べていくことは、
まるで推理小説を読んでいるようなワクワク感がありました。
なぜなら、一つわかると、必ずもっとわからないことがでてくるので、
またそれを色々な方法で調べてまとめていくプロセスが、面白くてたまらなかったからです。
もちろん、仕事が絵描き兼物書きだったので、アートや様々なジャンルの本も
手あたり次第読んでは、一人での外出が出来ない分(いつも子どもと一緒だったので)、
心の散歩を楽しんでいました。

 そんなある日、図書館で、たまたま空海の両界曼荼羅を眺めていたら、曼荼羅の中に
ある仏像がふと、かな文字にみえてきたのです。
「あれ? 何だろう」と気になったまま、夜、布団に入ると、明け方、まどろみの中で、
音の一音一音が光(フォトン)となって飛び跳ね、唄を歌っているイメージが浮かびました。
その歌があまりに印象的だったので、私は起きてすぐにそれらの言葉を書きとめ、
一度歌ってみたあとは、書いたものを手帳の隅に畳み入れました。
そうして、いつのまにかこのことも忘れてしまっていました。

 唄を書いた紙が、再び手帳から取り出されることになったのは、2013年1月のことです。
友人のお誘いで、初めて経営コンサルタントの神田昌典さんとお会いすることになりました。
そこで、たまたまいろは歌や周波数の話になり、
その時に(あ、そういえば、五十音のことを書いた唄があった)と思いだし、後日、
そのコピーをお渡しさせていただいたのでした。
 しばらくして、神田さんより「日本語五十音の音をカードにして、
子どもたちの教育用に活かせないだろうか」とのご提案をいただき、
子どもの教育は私にとって生涯のテーマでもあったので、喜んでお引き受けすることにしました。
そして、一緒にいた仲間たちと共に「おとひめプロジェクト」が誕生したのです。
ちなみに、おとひめとは音に秘められた秘密という意味の音秘めと、
竜宮乙姫のイメージがかけ合わせられて出来たものです。

 「おとひめプロジェクト」が生まれた途端、私は、まるでスイッチが入ったかのように、
どんどんひらめきがやってきて、一音一音のもつ響きや色、意味、音の性質などが、
あふれんばかりの勢いで出てきました。
気が付くと、あっというまに、五十枚の絵と言葉が出来上がってしまったのです。
とはいえ、言葉のほうは何かがあったり、どこかへ行くたびに、
少しずつ変化したり増えたりし続け、これで終わりということにはならないのでした。
特に、森の中や縄文遺跡に行くたびに、思いがけないアイディアや言葉が内側から
ほとばしりでるのです。
それはあたかも、私の心を借りて、祖先たちが語り掛けているのかと思うほど。
こうして、カードの言葉や概念は、形を少しずつ変えて進化しながら整っていき、同時に
、学術的検証も並行して続けていくという作業が続いていました。
この時期を織物にたとえるなら、縦糸と横糸を綾なしながら、
一糸ずつ丁寧に織り込んでいく期間という感じでしょうか。

 やがて、実際のカード制作が始まって一年後の三月三日、私は再び沖縄の浜辺に立っていました。
息子の入試の合格祝いで、沖縄に遊びに来ていたのです。
その場所は、前述の久高島を陽とするなら、ちょうど陰にあたる浜比嘉という
沖縄中東部の海岸でした。
私は砂浜に座って、目を瞑り、大自然のあるがままの働きに心を添わせて、感謝の瞑想をしました。
すると、再び、懐かしい光景が瞼の奥から浮かび上がってきたのです。
 それは、十二年前に見た竜宮城のイメージでした。
前回と違うのは、今回のほうがもっと鮮明になっていることです。
深海の中で、幻影的に立ち昇る竜宮城とおぼしき城の中から聞こえる音色は、やはり鈴の音でした。
その鈴降る音色はどこから聞こえているのかと思い、意識を向けると、
ふたが空いた玉手箱の中から聞こえているのです。
その音たちは、ふわりと一音一音のかな文字へと変化しながら、楽しげに飛び出していきます。
そうして、かな文字たち(音)は、海底から七つの海に向かって、ゆらゆらと漂いだし、
音たちは七色に煌めきながら、やがて、地球全体をすっぽりと包んでいく、
そんなイメージが浮かんだのでした。
同時に、たくさんの子どもや大人たち、鳥や花、草も木も動物も、皆が歌い、
笑っている姿も感じます。
それは悠久の時の流れの中にある、私たちの真の姿のような気がしました。
しばらくして、風が巻き上がる音が聞こえたので、ハッ!と我に返ったのですが、
頬が濡れていたので、私はいつのまにか泣いていたことに後から気づきました。

 その翌日のこと、偶然にも私たち親子が泊まっているホテルと同じホテルで、
神田さんのセミナーが行われていたため、終了後に神田さんチームと再会し、
カードのプロジェクト会議ました。すると、制作の速度が一気に早まったのです。
カードのデザインに同じイメージが浮かんできたり、デザイナーさんとの息がぴったり合うなど、
チーム全体が「わ」と「まこと」の心で、一つになって突き進んでいる感がありました。

以上のようなプロセスを経て、完成した作品―それが「おとひめカード」です。

 この中にはおそらく、古き祖先たちから現代へといのちが引き継がれていった祈りの結晶が、
託されているのではないかと思います。
そしてそれは、未来を担う子どもたちへ向けての応援歌でもあり、動物の中で唯一、言葉を獲得し、
想像が創造へと変える能力を持つ人間が、その役割を発揮してほしいとの天なる望みも
織り込まれている気がしてなりません。
日本語を語るということ、日本語で想い、行動することが出来るしあわせ。
森があり、海があり、生水の飲める美しい国で、生かされ生きるしあわせ。
その一つひとつに感謝しながら、心をこめた言葉を語り、皆が幸せに生き、
すべてが生成発展していく、そんな世界を創っていけたらと願っています。

どうぞ、あなたの自由で豊かな感性を生かして、
おとひめカードと、たくさん、たくさん遊んでくださいね。
この広い世界で、時満ちて、貴方と出逢うことのできた尊きご縁に感謝いたします。



言向け和して 世界を和す
世界を和して 愛 満ちる
曙来たりて 夜が 明ける